大判例

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大阪地方裁判所 平成6年(ワ)9109号 判決

原告

大賀進

右訴訟代理人弁護士

川西渥子

被告

株式会社リックグループマネージメントセンター

右代表者代表取締役

能勢乗定

主文

一  被告は、原告に対し、金二八二万三三六六円及びこれに対する平成六年八月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

主文同旨

第二事案の概要

本件は、原告が、被告に社長運転手として雇用されていたところ、雇用期間中の時間外勤務手当、深夜勤務手当及び退職金の支払を請求する事案である。

一  争いのない事実

1  被告は、平成元年六月一一日、原告との間で、雇用契約を締結したが、平成六年六月一〇日、業務上の事由により、同年七月一五日付けで、原告を解雇した。

2(一)  被告の退職金規程は、業務上の事由により解雇された者の退職金は、退職時の基本給に職務給を加算し、勤続年数(一年未満の端数は、月割り計算とし、一か月未満の端数は一か月切上げ)に相応する係数を乗じて計算し、千円未満を切り上げる旨、退職から一か月以内に支払う旨定める。

(二)  原告の退職時の基本給が八万六〇〇〇円、職務給が一五万五〇〇〇円、右勤続期間が五年二月となるので、その退職金を、(一)の退職金規程に従って計算すると、一〇〇万五〇〇〇円となる((八万六〇〇〇+一五万五〇〇〇)×{四+(一×二÷一二)}=一〇〇万四一六六 一〇〇〇未満切り上げて一〇〇万五〇〇〇)。

(三)  したがって、原告は被告に対し、退職金一〇〇万五〇〇〇円の支払請求権を有する。

3(一)  被告は、就業規則及び給与規程において、所定労働時間を、休憩時間を除き一日七時間と定め、始業時間午前九時三〇分、終業時間午後五時三〇分、休憩時間午後一二時から一時間と定めた上、所定労働時間を超えて労働した者については、時間外手当を、深夜(午後一〇時から午前五時)に勤務した者については深夜勤務手当を、以下の計算方法で算定し、支給する旨定めていた。

(1) 時間外勤務手当額=(基本給+職務給)÷一七五(月間平均所定労働時間数)×一・二五×時間外労働時間数

(2) 深夜勤務手当額=(基本給+職務給)÷一七五×〇・二五×深夜労働時間数

(二)  原告の一時間当たりの時間外手当額((基本給+職務給)÷一七五×一・二五。以下「時間外勤務手当単価」という)及び深夜勤務手当額((基本給+職務給)÷一七五×〇・二五。以下「深夜勤務手当単価」という)を、被告の就業規則及び給与規程に基づいて算定すると、以下の金額になる。

(1) 平成四年六月一日以降平成五年三月三一日まで

時間外勤務手当単価 一六七八円

深夜勤務手当単価 三三五円

(2) 平成五年一月一日以降平成六年六月三〇日まで

時間外勤務手当単価 一七二一円

深夜勤務手当単価 三四四円

(三)  被告は、その給与規程において、時間外勤務手当及び深夜勤務手当を含む給与を、前月一六日から起算し、当月一五日に締切り、当月二五日に支払う旨定めていた(書証略)。

(四)  被告は、原告に対し、時間外勤務手当及び深夜勤務手当の支払をしていない。

二  原告の主張

1  原告は、被告に対し、右退職金一〇〇万五〇〇〇円及びこれに対する弁済期(退職の一か月後)の翌日である平成六年八月一六日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金支払を求める。

2(一)  原告の出勤退勤時間は、別紙二No.1ないし8記載のとおりであり、これによれば、原告の就業規則所定の時間外労働時間及び深夜労働時間は、別紙一記載のとおり、以下の時間数となる。

(1) 平成四年六月一日以降平成五年三月三一日まで

時間外労働時間四八三・五時間、深夜労働時間一五時間

(2) 平成五年一月一日以降平成六年六月三〇日まで

時間外労働時間六〇五・五時間、深夜労働時間三一時間

(二)  したがって、原告は、被告に対し、就業規則及び給与規程に基づき、別紙一記載のように、(1)の期間について、時間外勤務手当八一万一三一三円(一六七八×四八三・五=八一万一三一三)、深夜勤務手当五〇二五円(三三五×一五=五〇二五)、(2)の期間について、時間外勤務手当一〇四万二〇六六円(一七二一×六〇五・五=一〇四万二〇六六)、深夜労働時間一万〇六六四円(三四四×三一=一万〇六六四)の計一八六万九〇六八円の支払を請求することができる。

(三)  なお、原告は、被告との間で、被告主張の技能手当を支払う代わりに時間外勤務手当、深夜勤務手当を支払わない旨の合意をしたことはない。

そして、被告の主張する右合意は、労働基準法に違反する違法無効な合意である。

(四)したがって、原告は、被告に対し、右時間外勤務手当の内金一八〇万三〇一七円、深夜勤務手当内金一万五三四九円の合計一八一万八三六六円及びこれに対する弁済期の後である平成六年八月一六日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

3  よって、原告は、被告に対し、右退職金一〇〇万五〇〇〇円及び時間外勤務手当、深夜勤務手当の各内金一八一万八三六六円の計二八二万三三六六円及びこれに対する平成六年八月一六日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金支払を求める。

二  被告の主張

1  被告の退職金規程によれば、原告がその主張の額の退職金請求権を有することは認める。

2  被告は、原告を雇用する際、原告との間で、原告に対して技能手当を支払う代わりに就業規則所定の時間外勤務手当、深夜勤務手当を支払わない旨合意(以下「本件合意」という)した。

3(一)  原告の主張する出勤退勤時間中、原告が午前九時三〇分に出勤したと主張する部分(以下「本件定時出勤」という)は否認し、その余は認める。

(二)  仮に、原告が、その主張のとおり、本件定時出勤をしたことが認められるとすれば、原告の時間外労働時間、深夜労働時間が原告主張の時間数になることを認める。

また、仮に、被告が、原告に対し、就業規則及び給与規程所定の時間外勤務手当、深夜勤務手当の支払義務を負い、原告が本件定時出勤をしたことが認められるとすれば、被告が原告に支払うべき時間外勤務手当及び深夜勤務手当が、原告主張の額になることを認める。

三  主たる争点

1  本件合意の有無と効力

2  本件定時出勤の有無

四  証拠(略)

第三争点に対する判断

一  退職金請求について

前判示の事実によれば、原告は、被告に対し、右退職金一〇〇万五〇〇〇円及びこれに対する弁済期(退職の一か月後)の翌日である平成六年八月一六日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を請求することができる。

二  時間外勤務手当及び深夜勤務手当について

1  本件合意の有無と効力

(一) 被告は、原告を雇用する際、原告との間で、原告に対し、技能手当を支払う代わりに、就業規則及び給与規程所定の時間外勤務手当、深夜勤務手当を支払わない旨の本件合意を締結した旨主張し、(人証略)中には、原告を雇用する際、残業手当をつけないと説明した旨の供述部分があり、平成四年六月一日、被告が社内の時間外労働の取扱いを定めた文書(書証略)には、その対象者として、原告の名が記載されていないこと、原告が、勤務期間中、被告に対し、金額を明示して時間外勤務手当及び深夜勤務手当の請求をしたことがないことが認められる。

(二) しかし、被告の就業規則(書証略)、給与規程(書証略)は、技能手当について、特殊な技能を有するものに対し、その技能に応じた額が支給される旨を定めるにすぎず、右手当が就業規則所定の時間を超える労働や深夜労働に対する対価として、その額が算定されたり、右手当をもって、時間外勤務手当又は深夜勤務手当の支払に代えるなど本件合意を裏付けるような条項がないこと、(人証略)によっても、同人が、原告に対し、技能手当を残業手当に代わるものとして支払う旨説明したとは認められないこと、原、被告間において、本件合意を裏付ける書面が作成されていないこと、本件合意は、(三)に判示するように、労働基準法上、その内容に問題があり、雇用契約において約定されるとは、通常考え難い内容であること、原告は、その本人尋問において、本件合意の締結を否認し、雇用契約締結の際、被告の担当者である久下部長から、残業をするような事態が生じないという説明を受けたが、勤務を開始すると、実際には時間外勤務が多いことが判明したため、同人に対し、残業手当について考えて欲しいと申し出たが、しばらく様子をみようと言われ、確答が得られないまま推移した旨供述するところ、原告が、被告を退職した後二か月以内に本件訴訟を提起して、時間外勤務手当及び深夜勤務手当の支払を求めたこと及び前判示の点に対比すると、原告の右供述内容が不合理であるとは認めるに足りないことなどの点に照らすと、(一)判示の証言は、採用することができず、(一)の事実及び(書証略)をもって、本件合意が締結されたことを認めるに足りない。

(三)のみならず、前判示の被告の就業規則及び給与規程の定めによれば、技能手当が、所定時間を超える労働や深夜労働に対する対価という性質を有するものとは認められず、原告が、被告に対し、労働契約において、労働基準法三七条に定める割増賃金の支払を請求しない旨約したとしても、同条の規定に違反し、無効と解すべきことが明らかであるので(同法一三条)、仮に、本件合意が締結されたとしても、本件合意は、同法三七条に違反し、その効力を有しないものというべきである。

2  本件定時出勤の有無

(一) 原告主張の勤務時間中、原告が午前九時三〇分に出勤したと主張する本件定時出勤を除く部分は、当事者間に争いがなく、原告本人尋問の結果、(書証略)及び弁論の全趣旨によれば、原告が本件定時出勤をした事実も認められる。

(二)(1) 被告は、原告が本件定時出勤をしたことを否認し、原告作成の運転走行日誌(書証略)には、原告の出勤時間についての記載がないことが認められる。

(二) しかし、原告は、その本人尋問において、右主張に沿う供述をすること、被告の就業規則によれば、始業時間が午前九時三〇分と定められていたところ、原告の出勤時間について就業規則違反が問題にされた形跡がないこと、右運転走行日誌が、被告所有の自動車の走行時間、経路を明らかにして、自動車の管理を行うことを主な目的として作成されたものであること(被告もこれを認める)からすると、右日誌に原告の出勤時間が記載されていないことから、直ちに原告が就業規則所定の出勤時間に出勤していないことを認めるには足りないことなどの点に照らすと、(1)の点をもって、右認定を覆すには足りず、ほかに右認定を左右するに足りる証拠はない。

3  時間外勤務手当と深夜勤務手当の額

(一) 右認定事実によれば、原告の時間外労働時間及び深夜労働時間は、〈1〉平成四年六月一日以降平成五年三月三一日までの期間について、時間外労働時間四八三・五時間、深夜労働時間一五時間、〈2〉平成五年一月一日以降平成六年六月三〇日までの期間について、時間外労働時間六〇五・五時間、深夜労働時間三一時間であることが認められる。

(二) そして、〈1〉の期間について、原告の時間外勤務手当単価一六七八円、深夜勤務手当単価三三五円、〈2〉の期間について、時間外勤務手当単価一七二一円、深夜勤務手当単価三四四円であることは、前判示のとおりである。

(三) したがって、原告は、被告に対し、就業規則、給与規程所定の時間外勤務手当及び深夜勤務手当として、〈1〉の期間について、時間外勤務手当八一万一三一三円(一六七八×四八三・五=八一万一三一三)、深夜勤務手当五〇二五円(三三五×一五=五〇二五)、〈2〉の期間について、時間外勤務手当一〇四万二〇六六円(一七二一×六〇五・五=一〇四万二〇六六)、深夜労働時間一万〇六六四円(三四四×三一=一〇六六四)の計一八六万九〇六八円の債権を有するものというべきである。

(四) 以上によれば、原告は、被告に対し、右時間外勤務手当の内金一八〇万三〇一七円、深夜勤務手当内金一万五三四九円の合計一八一万八三六六円及びこれに対する弁済期の後である平成六年八月一六日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を請求することができる。

三  結語

以上によれば、原告の本件請求は理由があるので、認容すべきである。

(裁判官 大竹たかし)

別紙(略)

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